宇都宮車掌区
| 券種 | 図版 | 解説 | |
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| 車内片道乗車券 |
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烏山線用のものが設備されていました。1949年(昭和24年)運賃改定から、1958年(昭和33年)運賃改定のものまで確認されています。 1960年にH図補が制定されて、車片は廃止されたと思われます。 1949年(昭和24年)運賃改定から1957年(昭和32年)運賃改定までは駅名入鋏式(当時の名称は不明)でしたが、1957年(昭和32年)運賃改定後期券は周辺入鋏式に変わりました。 周辺入鋏式は独特で、宇都宮車掌区だけだと思います。この様式が本社規程に登場するのは、1958年(昭和33年)の「旅客及び荷物運送規則」で、使用開始後です。 考えられる理由は、現場の実態を本社が追認したか、先に東京支社の規程に盛り込まれたかだと思います。 |
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| 車内急行券 | 準 急 |
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初期の券は『二荒号』、『日光号』など、列車ごとにあったようです。その後は、汎用の券になりました。 |
| 普 通 |
等級券はキロ地帯別の券が確認されています。 モノクラスになってからもキロ地帯別ですが、『入鋏式』になり大変珍しい様式で。1982年(昭和57年)4月20日の料金改定により、50kmまで、150kmまでが新設されたときに、キロ地帯ごとに切断する様式のものになりましたが、一時的だったようで、その後キロ地帯別に戻りました。 |
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| 特 別 |
等級券は未確認です。 モノクラス化直後は、『ひばり号特急券』(指定席用)が存在しましたが、1975年(昭和50年)頃から、『入鋏式』の『自由席特急券』に変わりました。 1984年(昭和59年)4月20日の料金改定により登場した『B特急』に対応した券からキロ地帯別になったようです。または、1982年(昭和57年)4月20日の料金改定かもしれません。 |
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| 車内補充券 | H図補 |
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1960年(昭和35年)3月10日の関東支社補則改正により、『H』図補が新設されました。当時、宇都宮車掌区は高崎鉄道管理局に属していたために、新潟印刷場が担当しました。そのため、他の図補とやや変遷やデザインが違います。 |
| L図補 |
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1960年7月1日の規則改正から『L』図補に変わりました。モノクラスの券になってから、東武鉄道が加わりました。組織改正により、東京北鉄道管理局の所属になり、東京印刷場で印刷された券から自動車線(西那須野〜福渡温泉〜塩原温泉)が加わり、自動車線に関する注意が入りました。 1973年(昭和48年)頃に領収額が2000円までとなり、券の幅が8cmに広がりました。この券では、東武鉄道が無くなっています。 1978年(昭和53年)頃、印刷を共同印刷に委託するようになると、自動車線の駅はそのままで、自動車線の注意が無くなりました。その自動車線も1980年(昭和55年)に新川崎駅の開業に対応した券から無くなりました。 1985年(昭和60年)に東北本線の増設線(通称埼京線:赤羽〜武蔵浦和〜大宮)が開業すると、地図の変更が難しくなり、同じ国鉄線なのに埼京線は別枠に入ってしまいました。 |
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