概要
準備中
日付 歴史
国鉄以前の歴史は
村上心氏の
日本国有鉄道の車掌と車掌区』 をご覧下さい。
(S24)49.06.01. 日本国有鉄道
(S44)69.03.01. 高崎鉄道管理局
東京北鉄道管理局
(S62)87.04.01. 東日本旅客鉄道
日付 更新履歴
2021.09.28. 車内片道乗車券追加  AD-54f
2020.12.27. 車内片道乗車券作成
2010.12.31. 車内特別急行券追加 o15_87
2009.11.18. 車内急行券追加 J20_81x
2009.05.16. 車内準急行券追加 Gs60c
2009.01.11. 記号を変更してリニューアル
宇都宮車掌区追加  JL66xJs20x
2008.10.29. 車内特別急行券追加 o15_89
2008.10.24. 車内急行券追加 K69
2008.10.16. 車内特別急行券リニューアル
2008.09.22. 車内指定席急行券追加 Js66b
2008.09.19. 車内急行券追加 L82
2008.07.31. 車内準急行券追加 G60b
2008.06.28. 車内特別急行券差換え o76
2007.12.29. 車内特別急行券追加 Pc87b
2007.06.17. リニューアル
車内特別急行券作成
2007.06.10. 車内準急行券作成
2006.03.02. 車内急行券作成

宇都宮車掌区

券種 図版 解説
車内片道乗車券

烏山線用のものが設備されていました。1949年(昭和24年)運賃改定から、1958年(昭和33年)運賃改定のものまで確認されています。 1960年にH図補が制定されて、車片は廃止されたと思われます。

1949年(昭和24年)運賃改定から1957年(昭和32年)運賃改定までは駅名入鋏式(当時の名称は不明)でしたが、1957年(昭和32年)運賃改定後期券は周辺入鋏式に変わりました。 周辺入鋏式は独特で、宇都宮車掌区だけだと思います。この様式が本社規程に登場するのは、1958年(昭和33年)の「旅客及び荷物運送規則」で、使用開始後です。 考えられる理由は、現場の実態を本社が追認したか、先に東京支社の規程に盛り込まれたかだと思います。

車内急行券 準 急 初期の券は『二荒号』、『日光号』など、列車ごとにあったようです。その後は、汎用の券になりました。
普 通

等級券はキロ地帯別の券が確認されています。

モノクラスになってからもキロ地帯別ですが、『入鋏式』になり大変珍しい様式で。1982年(昭和57年)4月20日の料金改定により、50kmまで、150kmまでが新設されたときに、キロ地帯ごとに切断する様式のものになりましたが、一時的だったようで、その後キロ地帯別に戻りました。

特 別

等級券は未確認です。

モノクラス化直後は、『ひばり号特急券』(指定席用)が存在しましたが、1975年(昭和50年)頃から、『入鋏式』の『自由席特急券』に変わりました。

1984年(昭和59年)4月20日の料金改定により登場した『B特急』に対応した券からキロ地帯別になったようです。または、1982年(昭和57年)4月20日の料金改定かもしれません。

車内補充券 H図補

1960年(昭和35年)3月10日の関東支社補則改正により、『H』図補が新設されました。当時、宇都宮車掌区は高崎鉄道管理局に属していたために、新潟印刷場が担当しました。そのため、他の図補とやや変遷やデザインが違います。

L図補

1960年7月1日の規則改正から『L』図補に変わりました。モノクラスの券になってから、東武鉄道が加わりました。組織改正により、東京北鉄道管理局の所属になり、東京印刷場で印刷された券から自動車線(西那須野〜福渡温泉〜塩原温泉)が加わり、自動車線に関する注意が入りました。

1973年(昭和48年)頃に領収額が2000円までとなり、券の幅が8cmに広がりました。この券では、東武鉄道が無くなっています。

1978年(昭和53年)頃、印刷を共同印刷に委託するようになると、自動車線の駅はそのままで、自動車線の注意が無くなりました。その自動車線も1980年(昭和55年)に新川崎駅の開業に対応した券から無くなりました。

1985年(昭和60年)に東北本線の増設線(通称埼京線:赤羽〜武蔵浦和〜大宮)が開業すると、地図の変更が難しくなり、同じ国鉄線なのに埼京線は別枠に入ってしまいました。