日付 更新履歴
2026.02.10. 戦時債券追加
2026.02.08. 配給きっぷ追加
2026.02.05. 作成
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封緘紙

製薬者 上田登三子 封緘の証

配給きっぷ

記事 コメント 図版

1938(S13).04.

「国家総動員法」公布(*奈図)


以下物資の統制配給(*奈図)

1937(S12).〜

生ゴム

1938(S13).03.〜

綿糸・ガソリン・重油

1940(S15).06.〜

砂糖・マッチ

その後

地下足袋・ゴム靴・木炭・清酒など

1941(S16).04.〜

1942(S17).01.〜

味噌・醤油・塩など

1942(S17).02〜

衣類

続いて

石鹸・煙草から野菜・魚など

1943(S18)末〜

ほとんどの生活物資

この図版は、酒類購入票です。

予約購入のようですが、「種類、銘柄、等級は選択できない」と記載されています。

容器持参などは現代に取り入れても良いと思いますが、配給制度の時代は二度と訪れてほしくありません。


戦時債権

  • この項の図版は、50%に縮小してあります。
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  • この項では、「臨時資金調整法」のことを「法律」と表現しています。
  • 「貯蓄債券」…貯蓄とありますが、実際は割引債です。日本勧業銀行と郵便局で購入することができました。購入価格と満期時の受取額の差が利益になります。太平洋戦争開戦までに、25回発売されました。
  • 以下、第1回、第2回売出公告をまとめたものです。内容は、随時変更されたようです。例えば、15円券を売り出したこともありました。
    年に2度、2月と8月に抽選が行われ、当選すると「割増金」を受け取ることができました。
    満期期日は明記されていませんでしたが、中途償還の割引率の表から判断すると、昭和33年9月かと思われます。約20年後です。
  • 売出価格と満期受取額及び当選割増額は次のとおりです。
      売出価格 満期受取額
    7円50銭券 5円 7円50銭
     
    等級 割増額
    1等 1,500円
    2等 100円
    3等 25円

  • 「戦時貯蓄債券」…太平洋戦争が海戦した後の貯蓄債券で、内容はほとんど同じです。この名称で13回売り出され、合計38回売り出されたことになります。
  • 「特号戦時貯蓄債券」…このような名称の債券も売り出されましたが、詳細は未調査です。
  • 「報国債券」…利子はありませんが、抽選で「割増金」を受け取ることができるというものです。日本勧業銀行と郵便局で購入することができました。太平洋戦争開戦までに11回発売されました。
  • 以下、第1回売出公告をまとめたものです。内容は、随時変更されたようです。
    抽選は年に1度、8月に行われ、当選すると割増金を受け取ることができました。抽選は11回予定されていて、割増金は次のとおりです。
      5円券 10円券
    1等 5,000円 10,000円
    2等 500円 1,000円
    3等 50円 10円

  • 「戦時報国債券」…太平洋戦争が海戦した後の報国債券で、内容はほとんど同じです。この名称で13回売り出されました。

  • 「特別報国債券」…売出価格1円で、こども向け?かもしれません。詳細は未調査です。

    このような債券を乱発して、国民のお金を集めて戦争の資金にしました。集め方も次の引用文のとおり徹底していました。

    政府は、昭和15年(1940)に1000倍の割増金つきの報国債券を発行、庶民からの資金調達増進を図ったが、やがてこれらの国債は、町内会や隣組に強制的に割り当てられた。(*奈図)

    当選した場合の割増金は国債証券で支払われ、現金を受け取ることはできませんでした。 そのため、戦後インフレと相まって、紙くず同然となってしまいました。

    戦争は二度と起きてほしくありません。

記事 コメント 貯蓄債券 報国債券

1937(S12).09.27.

臨時資金調整法施行(*官報)

「支那事変」(日中戦争)の資金を集めるために制定


1937(S12).12.01.

貯蓄債券売出公告(*官報)

日本勧業銀行


1937(S12).12.16.〜22.

第1回貯蓄債券売出(*官報)

種別 貯蓄
7円50銭 15円
図版 第5回
13年10月
 

図版は第5回のものです。最初の様式かどうか不明です。法律の目的は支那事変の資金集めということで、右下に富士山と日の丸をあしらった、支那事変のマークが印刷されています。

また、法律では「日本勧業銀行」が発行し、当行と郵便局で売り出しました。



1940(S15).04.30.

報国債券売出公告(*官報)

日本勧業銀行


1940(S15).05.13.〜25.

第1回報国債券売出(*官報)

種別 貯蓄 報国
7円50銭 15円 7円50銭 15円
図版       第1回
15年5月

貯蓄債券は横置きでしたが、こちらは縦置きです。同様に支那事変のマークが印刷されています。



種別 貯蓄 報国
7円50銭 15円 7円50銭 15円
図版   第19回
15年12月
   

様式が変更されていますが、変更時期など詳細は不明です。



種別 貯蓄 報国
7円50銭 15円 7円50銭 15円
図版 第25回
16年12月
     

様式が変更されていますが、変更時期など詳細は不明です。



記事 コメント 戦時貯蓄債券 戦時報国債券

1941(S16).12.08.

ハワイ海戦(真珠湾攻撃)(*文献)

大東亜戦争(太平洋戦争)開戦


1942(S17).01.20.

戦時貯蓄債券売出公告(*官報)

日本勧業銀行
貯蓄債券⇒戦時貯蓄債券

戦時報国債券売出公告(*官報)

日本勧業銀行
報国債券⇒戦時報国債券


1942(S17).02.21.〜03.20.

第1回戦時貯蓄債券売出(*官報)

日本勧業銀行、郵便局

第1回戦時報国債券売出(*官報)

日本勧業銀行、郵便局

種別 貯蓄 報国
7円50銭 15円 7円50銭 15円
図版     第1回
17年2月
 

名称に「戦時」が追加されました。

大東亜戦争(太平洋戦争)開戦に伴っての変更かと思われます。支那事変のマークが大東亜戦争に変更されています。



1942(S17).03.28.

第2回戦時貯蓄債券売出公告(*官報)

日本勧業銀行

第2回戦時報国債券売出公告(*官報)

日本勧業銀行


1942(S17).04.01.〜04.30.

第2回戦時貯蓄債券売出(*官報)

日本勧業銀行、郵便局

第2回戦時報国債券売出(*官報)

日本勧業銀行、郵便局

種別 貯蓄 報国
7円50銭 15円 7円50銭 15円
図版   第4回
17年8月
第2回
17年4月
第3回
17年6月

戦時報国債券のデザインが変更されました。軍事貯蓄債券の図版は未見ですが、同時に変更されたと思われます。

周囲には南洋を表すヤシの木?、飛行機、戦艦、戦車が配置されています。大東亜戦争のマークが支那事変と似たように変更されました。 第1回の爆弾が破裂するようなマークは、強烈過ぎたと思われます。





1942(S17).12.08.

大東亜戦争(太平洋戦争)開戦1周年

記念券

種別 貯蓄 報国
7円50銭 15円 7円50銭 15円
図版 第6回
17年12月
第6回
17年12月
   

デザインは変更されていませんが、「大東亜戦争1周年」が加刷されています。



種別 貯蓄 報国
7円50銭 15円 7円50銭 15円
図版 第8回
18年4月
第8回
18年4月
   

第8回の売出公告が見つかりませんが、手元の債権証書では第8回から様式が縦置きになったことが確認できます。



1945(S20).08.15.

終戦


1948(S23).04.07.

法律の廃止(*官報)

臨時資金調整法

戦後の極端なインフレで、これらの債券は紙くずと化してしまいました。1948年(昭和23年)には法律が廃止されてしまいました。